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広島地方裁判所福山支部 昭和55年(ワ)381号 判決

原告

有限会社宝運輸

右代表者代表取締役

上野聡明

右訴訟代理人弁護士

小野敬直

被告

松下正之助

右訴訟代理人弁護士

小笠豊

主文

一、被告は原告に対し金三三二万四三一〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し金三八四万七八七〇円及びこれに対する昭和五三年一二月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、広島地方裁判所福山支部昭和五〇年(ヨ)第四二号地位保全等仮処分申請事件につき、同年五月三〇日発せられた仮処分決定(以下、本件仮処分決定という。)により、被告に対し、同年六月から昭和五三年一一月までに合計三六九万七八七〇円(訴状請求原因一項に三六九万一八七〇円とあるは、「請求の趣旨及び原因訂正の申立」と題する書面と対比して誤記と認める。)の賃金の仮払をした。

2  また、被告は本件仮処分決定に基き、昭和五〇年六月三〇日原告に対し動産執行をなし同年七月二日その売得金として執行官から一五万円の交付を受けたが、同金員は原告の被告に対する賃金の仮払である(以上1、2を以下、本件仮払金という。)。

3  ところが、被告は本件仮処分決定の本案訴訟である広島地方裁判所福山支部昭和五〇年(ワ)第一二四号従業員たる地位確認請求訴訟を提起したが、昭和五三年一二月二〇日請求棄却の判決(以下、本件判決という。)を受け、その控訴審は昭和五五年三月三一日控訴棄却の判決を言渡し本件判決は確定した。

4  本件判決の確定により被告の本件仮払金の受領は法律上の根拠を欠くに至ったから、被告は不当利得としてこれを原告に返還すべきである。さらに、被告の前記仮処分申立は、自ら任意退職しながら、これを原告による解雇と強弁してのもので、不法行為というべきであるから、被告は右同額の損害を原告に賠償すべきである。

5  よって、被告に対し主位的に不当利得金として、予備的に損害賠償金として、三八四万七八七〇円とこれに対する本件判決の前記第一審言渡の翌日たる昭和五三年一二月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は仮払金額の点を除いて認める。右額は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

三、抗弁

1  不当利得の主張につき

(一) 被告は本件仮処分決定の後、同年六月五日に原告会社へ赴き就労を申し入れたところ、会社側から自宅待機の命令を受け以後会社から呼び出されれば出勤できる態勢を整えて待機していた。一般に賃金は労務の提供に対する対価であり、必ずしも具体的な労働はなくても使用者の指揮命令下、支配下にあれば賃金請求権は発生する。右のように、被告は原告の命令で自宅待機していたのであり、本件仮払金の受領は労務を提供し業務命令に服していたことの対価たる賃金の一部の受領であるから不当利得は成立しない。

(二) 被告が原告から受領した本件仮払金は全て生活費として費消され利得は現存していない。

被告は本件仮処分決定が取消される昭和五三年一一月まで、前記のとおり無職で通し、妻も病気で無収入のため本件仮払金が収入の全てであった。資産は当時も現在も皆無といってよい状態である。被告は本件仮払金が最終的に自己に帰属するものと信じて他に収入の途を求めずにきたもので、これが現在多額の負債となるのは不公平で妥当性を欠くというのが、善意の不当利得者の返還義務を現存利益に限った法意である。

よって、被告に返還義務はない。

また、被告は本件仮処分決定後、原告から、五〇万円の退職金を返したら仮払金を支払うと言われてこれを返還したので、その限度で現存利益は喪失している。

2  相殺

かりに、本件仮払金の返戻請求権と右1の(一)の賃金請求権とが別個のものである場合、被告は昭和五〇年六月五日以降、毎月一四万四七五六円の賃金請求権を有することになるから、同月から昭和五二年八月四日までの二六ケ月の賃金請求権と本訴請求債権を対当額において相殺すべく、被告は昭和五七年六月二四日の第八回口頭弁論期日においてその意思表示をした。

四、抗弁に対する答弁

1  右主張1につき、法律上の原因なくして他人から金銭を取得したときは、その金銭は、これを消費すると否と消費方法の如何を問わず、その取得したる利益は直接又は間接に存するものとみなすべきである。被告の主張によれば、被告は本件仮処分決定後、無為徒食し他に収入の途を求めなかったもので、故意に利得の減少を図ったことは明白である。

2  同2の主張は争う。

第三、証拠関係(略)

理由

一、請求原因1の事実は仮払金額の点を除いて当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告は本件仮処分決定に基いて、被告に対し、昭和五〇年七月から同五三年一二月まで所得税計二万三五六〇円を控除した合計三六七万四三一〇円を仮払したことが認められる。

そして、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

二、請求原因3の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば本件判決は、原、被告間に原告を従業員とする雇用契約関係の存在確認及び被告に対する昭和五〇年三月以降の賃金支払を求める原告の請求を棄却したものであることが明らかである。

そうすると、本件判決の確定により右一の仮払金の受領は法律上の根拠を欠くに至ったというべきであるが、被告は右金員を労務提供の対価と主張するので判断するに、被告主張の期間原、被告間に実体的な雇用契約関係が存在したとは認められないのであるから賃金請求権が発生するものではなく、被告の右主張は失当である。

三、被告は本件仮払金は生活費として全て費消され利得は現存しないので善意の利得者として返還義務はないと主張する。

しかしながら、一般に金銭による利得は、これを消費しても、金銭の融通性からして、通常は当該金銭がなければ他の金銭をもってそれに充てたとみるべきであるから、右金銭による利得は現存するものと推定されるところ、被告の右主張は特別の事由の存在をいうものでないから、被告に受領した利得が現存しないとはいえない。

次に、被告は原告に対し五〇万円の退職金を返還することと引換えで本件返払金を受領したので、右額の限度で利得は現存しないと主張するので判断するに、(証拠略)によれば、被告は昭和五〇年二月二八日原告会社を任意退職し退職金五〇万円を受領したが、その後、右退職は実質的な解雇であり解雇は無効であるとして本件仮処分決定を得たこと、同年六月七日被告が原告会社代表者の上野聡明に対し右決定を履行するよう求めたところ、同人は前記五〇万円を返還することが前提であるとしてこれを拒絶したため、被告は労働組合を通じて同月一三日原告あてに五〇万円を送金したこと、が認められ右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右の事実からすると、被告の本件仮払金の受領は実質的に前記退職金の返還を前提としたもので両者は密接な関係にあり、退職金と賃金仮払金とは本来両立しうるものでないから、公平の見地からして、被告の本件仮払金による利得は右五〇万円の限度で現存しないというべきである。

四、以上の判示からすれば、被告は原告に対し任意支払分の三六七万四三一〇円(所得税控除後のもの)と執行による支払分の一五万円との計三八二万四三一〇円から五〇万円を差引いた三三二万四三一〇円及びこれに対する本件判決の第一審判決言渡の翌日たる昭和五三年一二月二一日から、悪意の受益者として、支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

五、これに対し、被告は賃金請求権をもって相殺する旨の抗弁を主張するが、原、被告間に被告主張の雇用関係が存在するとは認め難いことは前判示のとおりであるので右主張は失当である。

六、よって、右四の限度で原告の請求を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言(主文第一項についてのみ相当と認める。)につき同法一九六条一項を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広田聰)

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